平成28(2016)年8月1日(月) 社会福祉法人 県央福祉会
理事長 佐瀬 睦夫

 「津久井やまゆり園事件を(かえり)みて」
 
福祉・介護・保育の現場に必要なのは職員の人権意識と
               教育とコミュニケーション能力ではないか!~

〔はじめに〕

知的障がい者福祉の父として(たた)えられる糸賀一夫は、1965年に『この子らを世の光に―近江学園二十年の願い』の中で、「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」と述べている。今から51年も前のことである。1981年の「国際障害者年」では、「障がい者が大切にされない社会は弱くてもろい社会である」と国連は全世界に強いメッセージを発信した。なのに7月26日の「津久井やまゆり園」の殺傷事件は起きた。マスコミの報道を目の当たりにする度に、容疑者植松聖の常軌を逸した犯行に大きな憤りを感じる。 
誰もが障がい者の命を粗末にして良いなどと思うはずもない。しかし、今の格差社会は非正規雇用者を増やし、新貧困層という新しい言葉を生み、孤独と疎外感の中で苦しむ若者をつくり、悩み深き時代にこのような大事件が起きた。

〔植松聖容疑者の青年の心理構造はどうなっているのだろうか〕
植松聖容疑者、26歳の青年の言動を次のように新聞では次のように報道している。都内の私立高校で同級生だった会社員のコメントは、下校途中時などに「身障(身体障がい者)うるせーなぁ」などと悪態をついたという。また、高校時代の友人らは「身障の生きている価値、意味が分からない」「死ねばいいのに」と言っていたと語る。また、重度の障がい者だけに(悪口を)言っていたわけでなく、学校内でも、内向的なクラスメートを「あいつ身障みたいで気持ちわりぃよな」とばかにしていたという。
植松聖容疑者も、それなりの思いを持って「津久井やまゆり園」に就職したはずだ。私の経験から推測すると植松聖容疑者が入職した「津久井やまゆり園」という県立民営施設は、社会の要請に応じ高齢の最重度の障がい者を受け入れなくてはならない入所施設である。待遇は民立民営の施設よりも良いが、巨大な施設で職員数も多く人間関係をつくることの不得手な人なら、仲間づくりに悩み勤務自体が辛いものとなるだろう。その一方利用者支援や介護の質の向上は日進月歩であり、高度な専門性が求められる時代になっている。そして旧障害者自立支援法が施行されてから事務量も増大している。そんな支援に日々疲弊する職員がいても不思議ではない。そんな時こそ、仲間や同僚そして上司の支えによって難局を乗り越え越えているのが障がい者施設の現状である。だからこそ職員間のコミュニケーションやチームワークは大切であり、信頼関係の構築が求められるのである。そのようなことが崩れていたなら、業務の多忙さと孤独の中で人は疲れバーンアウト(燃え尽き症候群)し、麻薬や悪の手に染まり徐々に崩れていくのだろう。だが植松聖容疑者の場合は、高校時代の発言が本当だとしたなら、生活暦の中で何らかの原因で屈折せざるを得ないものがあったのかも知れない。

〔多面的な対策のために介護・福祉・保育の現場での入職者面接や教育制度の検討を!〕
このような悲惨で残忍な犯行が二度と起こさないために、私たちは単に防犯対策をハード面やソフト面の充実だけで解決とするのではなく、多面的な対策のために入職前の面接や教育制度の充実を図らねばならない。まず、職員採用の段階で入職者の人権意識と倫理観!そして、命の尊さにどれだけ真摯(しんし)に向き合えるのか等、面接や実習で正しくチェックすることであろう。ただ、採用面接や実習ですべて理解することはそう簡単ではない。入職前にどれだけ対応できるかは後々の職員教育に大きく関わってくるので、多少でも参考となる方法を考えてみた。第一に、人権意識・倫理観・すべての生き物の命に関して具体的な質問項目を用意し確認すること。また、仕事への取り組む姿勢や社会的ルールやマナーなど採用説明会や事前相談会を設け、この仕事の大切さと大変さとを十分に説明する。その説明は見易い図表やパワーポイントなどを用いてそれを説明することが重要になるだろう。

〔フィンランドの社会・保健医療の共通基礎資格であるラヒホイタヤ制度の導入〕
次に職員教育である。フィンランドの社会・保健医療の共通基礎資格であるラヒホイタヤという教育制度について述べてみたい。フィンランドでは、保健医療分野と社会サービス分野の日常ケアに関する中学校卒業レベルの資格を一体化し、1993年に資格教育が開始されたという。保健医療分野では准看護師、児童保育士(病院での病児保育等)、歯科助手、ペディケア士(足ケア士)、リハビリ助手、精神障害看護助手、救急救命士・救急車運転手であり、社会サービス分野では知的障害福祉士、ホームヘルパー、日中保育士である。3年間で120単位(―単位=40時間、計4800時間)を取得すると資格要件を満たすという。うち現場実習が29単位(1160時間)であるという。この教育制度の特徴は全体単位の4分の1に相当する実習制度である。共通職業資格教育は、「発達の支援と指導」「看護と介護」「リハビリテーション支援」の3分野の単位が必修であり、各分野で5単位ずつの実習が必須であるという。3年目は、複数の専修課程から課程を選択し、選択した専修課程に関する基礎職業資格教育科目を30単位取得し、うち実習が半分近くを占める。専修課程には、「救急ケア」「リハビリテーション」「児童・青少年向けケア・養育」「精神保健および薬物依存への福祉対応」「看護および介護」「口腔・歯科衛生」「障害者ケア」「高齢者ケア」「顧客サービス・情報管理」「ペディケア(2012年新設)」があるという。どの専修課程を修了しても、取得資格は「ラヒホイタヤ」 一本であり、選択した専修課程に関わらず、ラヒホイタヤが就業の資格要件とされているどの分野でも、制度上は就業できるという。
【註】森川美絵「地域包括ケアシステム構築のための人的基盤―フィンランドのラヒホイタヤから示峻―」月間福祉7月号2016年

〔日本版ラヒホイタヤの構築〕
このような教育制度が確立されることを願いたい。私は、このような考え方を骨格として、介護・福祉・保育・療育に携わりたい人々に、もう少しボリュームを少なくし、常勤職員・非常勤職員として働く場合に、日本版ラヒホイタヤ制度の構築ができれば、支援や介護等の質の向上にも繋がるのではないかと思っている。
また、この業種で働きたい人たちにも広く門戸を開放することともなり、人手不足に多少なりとも貢献できるのではないだろうか。このような教育制度を、学校法人・社会福祉法人・医療法人・特定非営利法人(NPO)等も、一定の基準と条件がクリアーすれば実施主体となり、このような大事件や利用者(入居者)さんの人権侵害・様々な虐待等を未然に防ぐことが多少なりとも可能となり、職員の人材確保や育成の裾野が広がるだろう。入職前対応の一つとして面接と教育制度の確立を一日でも早く整備されることを願う。

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