ベトナム国ハノイ市を訪問して

1.ベトナム国ハノイ市を訪れた理由(わけ)

 雨季にあたる8月上旬のベトナムは雨の多い季節です。とりわけハノイは、とても蒸し暑いことで有名なようです。今回、ベトナムを訪問した目的には、大きく2つの理由がありました。第1の理由は、以前から交流のあるベトナム、ハノイ市にある「ベトナム友好村」の現状を知ること、第2の理由は、ベトナムの若者が、介護・福祉の現場で働くのに、日本語教育がどのようになされているのかを知ることでした。

今回、ベトナムを訪れることが出来たのは、ベトナム友好村日本委員会友の会のメンバーである青田昌生さんご夫妻の夏休みを兼ねた旅に、私が便乗させて頂けたことによります。青田さんは、東京都多摩市で建設関連会社を経営されており、ベトナムの青年を外国人技能実習生としてご自分の会社で受入れています。また、ハノイ市内でベトナム人青年向けの日本語学校を経営されています。

2.県央福祉会の国際貢献活動をより具体的に進めるために

当法人は、5年前から東南アジアの開発途上国の福祉や介護の分野で何か貢献出来ないかと、職員向けのスタディツアーを行っています。昨年あたりから、一部の職員やスタディツアーに参加した者たちから、物見(ものみ)遊山(ゆさん)の要素が強いツアーでなく、何らかの具体的活動を検討する時期に来ているのではないかとの声が囁(ささや)かれるようになりました。ベトナム国ハノイ市を訪問して

 そんな折、ベトナム友好村の日本委員会友の会事務局会議で、「ベトナム友好村は、日本委員会を始め、アメリカ、フランス、ドイツ、カナダという国々の国際委員会に、何を求めているのか」、「各国の委員会はどのようにべトナム友好村を支えていこうとしているのだろうか」などと議論され、結論の出ないまま5年以上の歳月が流れています。

3.ベトナム友好村の役割と各国の国際委員会の立つ位置

ベトナム戦争時に多量に撒(ま)かれた枯葉剤により障がい児が生まれ、枯葉剤を浴びた成人も今もって苦しむ人々がおります。枯葉剤の影響によるものと思われる、障がい児の出生は今もって後を絶ちません。3世代・4世代に渡って影響が出ると言われております。このベトナム友好村は、そんな子どもたちを受け止めるとともに枯葉剤を浴びて、今もなおその後遺症で苦しんでいる成人や高齢者を受け入れています。この村は、アメリカの退役軍人ジョージ・マイゾー(George Mizo)の提案のもとにベトナム、フランス、ドイツ、日本、アメリカの退役軍人、慈善家の援助で建設されました。建設後の運営は、ベトナム退役軍人会が国より委託を受けて運営されております。

 ベトナムは発展途上国ですが、経済成長が著しく、政府の援助も年々増え安定的な経営がなされているようです。しかし、ベトナム国が経済的に豊かになったからといっても、社会保障制度や社会福祉施設が十分に整備されているわけではありません。ベトナム友好村はベトナム戦争の象徴的存在として運営されているのです。

4.今、私ども日本委員会は何をなすべきか! 

今回、訪れて驚いたのは、5年前と比べて友好村が生き生きしていたことと、子どもたちの表情や行動がきびきび活動的でした。私の知る範囲では、以前から医療センターがあまり活用されている記憶がなく、リハビリテーション機器も古いものだったように感じます。ベトナム国ハノイ市を訪問してしかし今回、この医療センターでは、地方の退役軍人や貧困層の方々の検診や治療にあたっていました。また、ハノイ市内の障がいの幼児さんたちが母親や祖母に付き添われて療育・訓練を受けており、子ども向けの感覚訓練機器なども備えられていました。

 副所長さんに、「今後、友好村が目指すことは何ですか?」と問いかけたところ、「パソコンはあるが、プロジェクターがないから欲しい」、「漢方薬を煎じる電気ポットが欲しい」、「ここを利用する方々に漢方薬で治療するために、漢方薬草を栽培する畑を整備したい」との声があがりました。すべての希望に応えることが良いのかどうかは別として、障がいのある子どもたちへのベトナム国ハノイ市を訪問して療育や自立に向けての生活訓練や職業訓練に励めるよう、多少なりとも支援すべきかもしれないと思った次第です。

5.HCC JAPANの日本語教育の現場を訪問

ベトナム国ハノイ市を訪問して青田さんのベトナム人青年に対する日本語教育への情熱と、現地法人の代表取締役兼校長である若きベトナム人才女リ・タオさんのベトナム青年を育てようとする並々ならぬ厚い情熱に触れた旅でもありました。ハノイ市の旧市街からあまり遠くなく、小さな事務所や商店が立ち並ぶ一角の4階に約120㎡のHCC JAPANという日本語学校がありました。この学校のオーナーである青田さんと、ハノイ大学日本語学科を卒業し、日本語も堪能(たんのう)であり元IT関連企業でコンピュータープログラム開発を担当していたリ・タオさんは、e ラーニングを活用した日本語教育を行っていました。ベトナム国ハノイ市を訪問して固定電話や情報通信網等の情報インフラが十分でないベトナムではスマートフォンや携帯電話の普及率は日本以上かも知れません。ベトナムの青年はスマートフォンやパソコンに長(た)けており目を見張るものがあります。学校に通学する学生は10名程度ですが、インターネットを活用したオンライコースで学ぶ学生は100名以上とのことでした。当法人としても、介護・福祉・保育の分野に日本人青年が進んで就職することが少なくなっている現状において、若くて元気でやる気がある東南アジア、特にベトナム人青年を雇用することは必至なのかもしれません。

6.日越共同で、何事にもチャレンジしようとするベトナム青年の受入れを考えたい!

私は、「日本で働き!」「夢に向かって何事にも挑戦したい!」というベトナム青年を受入れ、日本語をしっかり学び、日本で!母国に!貢献したいという若者を受入れたいと考えています。

わが国における介護・福祉・療育の分野で働き、日本でその知識や技術を体得し、やがて母国ベトナムの高齢者への介護・障がい児・者への療育や生活支援、就労移行への支援に役立ててほしいと思っています。しかし、何せ日本語はとても難しい言語です。そこでベトナム人青年が日本語を一日でも早く習得出来るように、様々な環境整備や教育方法を構築したいと思っています。特に県央福祉会のように障がい児・者への支援領域が広い法人にとって、ベトナム青年はその日本語教育の支援と障がい特性の修得は大きな課題になるかも知れません。東南アジアの青年たちが、日本の専門学校や大学に留学するには日本語能力試験で最低N4またはN3に合格しなければなりません。ベトナム国ハノイ市を訪問して

今回のベトナムの旅を通して日本語を修得するための仕組みづくりや働きながら学べる環境の整備に努力したいと思いました。新たな国際貢献活動と、ベトナムや東南アジアの青年を受け入れるために何をなすべきか考えさせられました。そして、日本とベトナムの架け橋とならなければという4日間でした。


Copyright © 2013 Kenou Fukushi Kai All Rights Reserved.